怒っていたのは私だった(毒親育ち) 3

小さい頃の写真を見ると
本当に楽しそうに笑って写っている写真がない
というか一枚しかなかった

後ろの方に斜めに立っていたり
わざとあかんべーをしていたり
口を真一文字に結んでいる

言いたいことを言わず
我慢(辛抱ではない)ばかりしているので

奥歯をぎゅっと噛みしめる癖がついてしまい
中学の修学旅行で指摘されて気づいたが
歯がすり減るまで無意識に歯ぎしりをするようになっていた

”不機嫌と怒りが肉着て歩いてる” という感じ

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とにかく怒りが身体中に溜まっていた
だから学級委員をやりながら

いじめもした

自分の中で大きく二つの性質がせめぎ合い
どんどん割れていく感じがしていた

誰かに”怒りの取り扱い説明書”を持ってきてほしかった

ハハに対しての〇意
不在の父に対してのあきらめと悔しさ

10歳になると
もう何のために生きているのか
わからなくなっていて
わからない ということが
ものすごくストレスになっていて

変なループに陥っていた

将来の夢
養護施設に入ること

こんな事を思っていた

どこに相談したらいいのか
誰か他の大人は助けてくれないのか

助けても言えないまま
独り憤慨していた
頭の中はキシキシしていた

ただ、限界を超えずに踏みとどまれたのは
年の離れた弟がいたからである

唯一 笑っている写真
こういう時もあったはず

投稿者プロフィール

高橋 友里安
高橋 友里安くれたけ心理相談室(庄内支部)心理カウンセラー
幸せの宝探しをお手伝いいたします。そして、ご自身の中に深い深い安堵感が得られるまでサポートいたします。 心理カウンセラー 高橋 友里安

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